水を探る
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高知工業高等専門学校 
長門研吉教授に聞く

Talk: 5
高知工業高等専門学校 長門研吉教授に聞く

聞き手:中能 泉(AIR Magazine編集長)
photographs:HARUYO ITO
大気中を漂うエアロゾルや水粒子、環境や生体に影響を与える「見えない粒子」の正体を探る
2024/05/27
長門研吉教授
長門研吉教授

私たちのまわりの空気中には窒素、酸素、水蒸気などの気体だけでなく、エアロゾルと呼ばれる微細な粒子が浮遊しています。エアロゾルは雲の核になるため地球の気候変動において重要な役割を果たしているだけでなく、生体へ影響を与えることが問題になっています。そんな微粒子を分析しエアロゾルの発生メカニズムなどの研究を行っているのが、高知工業高等専門学校の長門研吉教授です。様々な分析装置を使ってナノサイズという小さな粒子の解明をどのように行っているのかを伺いました。

新型コロナウィルス感染症や環境問題でエアロゾルが話題ですが、そもそもエアロゾルとはなんですか?

長門空気中に浮遊している液体や固体の微粒子のことで、大きさでいえば大きいものは100μm(マイクロメートル)程度、小さいものはそれこそ数nm(ナノメートル)と非常に幅広いです。例えば、風に巻き上げられて空気中に漂う砂粒や花粉もそうですし、燃焼によってできる煤、それから海塩粒子といって波しぶきの際に大気中に放出される目に見えない小さな粒子など、サイズもでき方も種類も様々です。ガスからエアロゾルの粒子になるものもあります。

ガスがエアロゾルになることもあるのですか?

長門ええ。もともと砂粒のように粒子として大気中に放出されるものを「一次粒子」といい、大気中にガス(気体)として放出された成分が化学反応で粒子に成長したものを「二次粒子」といいます。例えば、火山などから放出されたり、化石燃料の燃焼によって大気中に放出される亜硫酸ガス(SO2)は、大気中での化学反応によって最終的に硫酸になります。硫酸は蒸発しにくいため他の分子とくっついてだんだん成長して硫酸エアロゾルという粒子になるのですが、これは気候変動や健康問題で重要視されているもので、PM2.5の中にも含まれています。

エアロゾルなど微粒子物質の粒子径〜その大きさとイメージ。上のPM2.5、花粉、髪の毛の比較イラストは東京都のホームページの画像を参考に作成。

PM2.5は2.5μm(マイクロメートル)以下のエアロゾル粒子の総称とされていますが、健康被害が懸念されています

長門特に、呼吸器系に影響を与える可能性があります。一般的に大きな粒子は呼吸器の入り口あたりに沈着してしまいますが、小さい粒子ほど肺の奥の方に入り込む危険性があるためです。硫酸エアロゾルも空気中を浮遊している間にいろいろなものがくっついたり混ざったりして発がん性のある物質を含む場合もあるため、体内に取り入れないに越したことはないわけです。

私たちの体だけでなく地球に与える影響も大きいですね

長門ええ。大気エアロゾルの重要な影響のひとつに気候への影響があります。エアロゾルは雲の核になるので、エアロゾルが増えると雲粒も増えて太陽光の反射が大きくなります。すると地球自体は冷却してしまうわけです。例えば大きな火山が爆発したときに、火山灰が上空まで上がっていくと地球全体に広がっていって太陽光を反射して地球の気温がわずかですが下がる。それが農業に大変な影響を与えてしまいます。このように、エアロゾルが地球環境に与える影響は大きいので、様々な国や機関で観測や研究がされています。

エアロゾルは非常に多くの種類があるとのことですが、含まれている物質などについてはかなり解明されているのですか?

長門大気中のエアロゾルといっても多様で「自然起源」や「人為起源」のいろいろな発生メカニズムがあるため、エアロゾルに含まれる物質も様々です。また、大気中に存在している間に組成を変化させて変質してしまうことも知られています。エアロゾルに含まれる物質については、粒子の大きさに応じて様々な分析方法があり調べられていますが、大きな粒子ほど多種多様な物質が含まれていることが多いです。また、数十nmの大きさの微粒子の組成を分析する装置の開発も進み、いろいろなことがわかってきましたが、まだまだ解明されていないことがたくさんあります。

大気中のエアロゾルは、土壌や森林、海などから発生する「自然起源」と排ガスなどの「人為起源」に大別され、多様な発生メカニズムがある。さらに、砂粒のように粒子として大気中に放出されるものを「一次粒子」といい、大気中にガス(気体)として放出された成分が化学反応で粒子に成長したものを「二次粒子」という。

どのようなところが難しい点なのでしょうか?

長門先ほど大気中でガスからできる二次粒子のお話をしましたが、ガスから粒子になる最初のメカニズムは実はまだわかっていないんです。硫酸やアンモニアなどの分子が結合したものではないかと考えられてきましたが、それだけでは安定して成長できないことが明らかになり、他の様々な分子が関わっている可能性が調べられています。大気中でガスが粒子化する際の初期の物質の大きさがnm(ナノメートル)のサイズでものすごく小さいため、大気中でそれらをサンプリングして正確に分析する手段がなかなかないんですね。

サイズが小さすぎて計測できないわけですね

長門その通りです。しかも、大気中で起こっている現象ですから大気中で測定しなければなりません。二次粒子の生成は至るところで常時起こっているわけではなく、二次粒子の生成が起こりやすい場所や起こる条件があるため、観測には様々な制約があります。

長門さんはもともとエアロゾル研究がご専門ではなかったと伺いました

長門私はもともと大気中のイオンの研究をしていました。イオンは電荷を持っているので、まわりの分子を引きつけやすい性質があります。そのためイオンを核としてエアロゾル粒子ができるというメカニズムがあったので、そのつながりでエアロゾルの研究を始めました。イオンを核として粒子がどんなふうにできていくのか、そのメカニズムを明らかにしたいと思いました。

イオン、さらに難解な響きです(笑)。私たちの周囲にイオンはどのように存在しているのですか?

長門イオンとは、通常は中性である原子や分子が電気を帯びた状態のことです。大気イオンは、大気中に浮遊する帯電した気体分子や微粒子のことです。大気イオンは私たちのまわりで常に生成していますが、地表付近の大気中にはほんの少ししかありません。例えば私たちのまわりの空気分子の数は1㎤中に約10の19乗個(標準状態<0℃/1気圧>)ですが、大気イオンはその中で多くても数千個程度です。大気中の分子全体から見ると極めて微量です。

大気イオンはどうして発生するのでしょうか?

長門私たちのまわりの地上付近では2つの生成メカニズムがあります。ひとつは宇宙線*1によるものです。地球外部から高エネルギーの粒子が地球大気に突入して、大気の分子を電離してイオンが生成します。宇宙線は上空ほど多いので、宇宙線による電離作用は高度が高いところほど大きくなります。したがって、大気中のイオン数密度は上空ほど大きくなります。もうひとつは、地中から放出されるラドンなどの放射性気体の作用によるものです。土壌中に含まれるラジウムは崩壊するとラドンになりますが、ラドンは気体であるために土壌から大気中へと出てきます。このラドンが放射線を放出して大気分子を電離するため、地表付近でイオンが生成します。
*1 宇宙空間を飛び交う高エネルギーの微粒子の総称であり、原子や分子から電子を剥ぎ取る電離作用を持っている

大気イオンは私たちの生活にどのように関係していますか?

長門そうですね、大気中のイオン自体の量が少ないので直接的な影響は小さいかもしれませんが、先ほどお話ししたようにエアロゾルの発生にはイオンが関わっている可能性があります。エアロゾルの二次生成は通常電荷を持たない中性分子で起こりますが(均質核生成)、凝縮性の気体分子が少ない環境ではイオンを核とした微粒子生成(イオン誘発核生成)が重要な役割を果たす場合があると考えられます。

物質はすべて目に見えない小さな粒子でできていて、最も小さい粒子が「原子」。「分子」は原子がいくつか組み合わさってできた粒子。原則、原子はプラスとマイナスの電気を同数持ち中性ですが、何かの拍子でマイナスの電気が離れたりプラスの電気が離れて、電荷を持つことがあり、電荷を持った原子や分子を「イオン」と呼ぶ。

ひと頃流行ったマイナスイオンや、空気清浄機などでイオンの力で、と謳っている商品がありますが、それらは空気中に人工的にイオンを発生させるということなのですね

長門そうです。今でも、空気清浄機やエアコンなどイオン発生器が付いている商品は多いですよね。ほとんどが、空気中で負極性の放電をしてマイナスイオンを作っています。空気中で発生させたマイナスイオンにどのような効果があるのかについては昔から研究されていて、殺菌や脱臭などの効果を謳う商品は多くあります。しかし、そもそも空気の電離によって生成するイオンがどのような化学組成のものなのかは十分に理解されているとは言えません。化学的な組成をしっかりと把握したうえで、マイナスイオンが持つ効果のメカニズムを科学的に検証していく必要があります。

エアロゾルやイオンなど、ナノサイズのものをどうやって調べるのですか?

長門移動度分析法と質量分析法という2つの方法を使っています。移動度分析法というのは、電場のある大気中での荷電粒子の移動速度を測定する方法です。荷電粒子の移動速度は電場の力を受けて加速されますが、周囲の気体分子との衝突によって減速し、結果的にほぼ一定の速度で大気中を運動します。このときの移動速度を電場強度で割ったものが移動度です。大きい粒子は周囲の気体分子との衝突頻度が高くなるため移動速度は小さく、すなわち移動度は小さくなります。この原理を用いて移動度の測定から荷電粒子の粒径を求めることができます。移動度の測定には、DMA(微分型静電分級器)とドリフトチューブという2つの装置を用いています。ただ、移動度の値から荷電粒子の化学的な組成を明らかにするのは難しいです。そこで大気圧イオン化質量分析装置を使って荷電粒子の質量の測定を行います。質量がわかればその粒子の化学組成を推定することが可能です。この2つの手法を用いて、ナノサイズの帯電微粒子の大きさと化学組成を解明しようとしています。

質量分析装置で質量を計測して、質量数からモノの正体を突き止めるわけですね

長門そうです。ただし、質量分析計の分析部分は高真空の状態でないと動作しません。大気中で生成したイオンを分析するには、大気圧下に存在するイオンを高真空の質量分析部に取り込まないといけません。市販の質量分析計ではそのような分析に適したものがなかったので、分子科学研究所に研究員として在籍していたときに装置を製作して、現在も研究に使用しています。

電荷を持っていない粒子も帯電させると測定できるということですか?

長門ええ、そういうことです。移動度分析法も質量分析法も電場による力を利用するので、帯電していない微粒子は強制的に帯電させて計測します。放射線やコロナ放電を用いて空気を人工的に電離してイオンを発生させ、イオンが存在する空間を作ります。その中に計測したい粒子を通すと、粒子が通過する間に周囲にあるイオンがその粒子にくっついて帯電するので、それを計測するという方法です。

大気中にあるイオンを取り込んで質量を分析する「大気圧イオン化質量分析装置」。大気圧中で生成したイオンを高真空領域に導入し、四重極型マスフィルターでイオンの質量スペクトルを測定する。帯電した微細な水粒子の測定だけでなく、空気中のコロナ放電で生成したイオンや大気圧プラズマで生成したイオンの分析も行っている。

今、ものすごく小さな「ナノサイズの水粒子」の計測を行っているとお聞きしたのですが……

長門はい。株式会社アイシンとの共同研究で、アイシンの技術で生み出された「微細な水粒子」がどのぐらいのサイズなのかを導き出そうとしています。すでに4nm以下であることは他の機器で測定していたということだったので、それより小さいサイズと想定して実験を開始しました。当初は水という点で、結果が出るのはかなり難しいのではないかと思いましたが、面白い結果が出て一昨年と昨年の日本エアロゾル学会で発表しました。

それがこの研究データですね

長門「微細な水粒子」を帯電させて、DMAで測定して得られた粒径分布です。分布のピークが1.4nmぐらいのところにあります。計測されたイオン信号には水粒子を帯電させるために用いた空気イオンの影響も含まれているのでその分を差し引かないといけませんが、それも考慮すると測定した水粒子のサイズが1.4~1.6nmの範囲内にある可能性があります。ただ、この測定結果が微細な水粒子の大きさをどの程度正確に表しているのかについては、今後さらに詳しく調べていく必要があります。

帯電させた微細な水粒子をDMAで測定して得られた分布。粒径が約1.4nmのところでピークを示した。 (データ:高知工業高等専門学校 長門研吉教授)

もし粒子が1.4nmぐらいの大きさだとした場合、水分子が何個くっついた状態かもわかったりするのですか?

長門それはまた別の実験ですが、微細な水粒子を帯電させてドリフトチューブを用いて測定した移動度から水粒子の質量を推定しました。それで見ると水分子が20個程度くっついた状態ではないかということを、昨年の学会ではお話ししました。 ただ、すごく小さなナノ粒子の場合、空気の電離によって生成したイオンと粒子がどのような相互作用を行って帯電しているのかはよくわかっていません。ナノ粒子の場合は、物理的にイオンが付着して帯電するのではなく、むしろイオンと微粒子との化学反応によって電荷が移っていく可能性が高いと考えています。もしこの微細な水粒子でそのような帯電が起こっている場合、帯電した粒子がもとの水粒子と同じ大きさを保っているのかは今のところまだ確認できていません。

もし、この水粒子が1.4nmのサイズで安定しているとしたら?

長門最初にお話を聞いたときにナノサイズといっても水の場合、数十個の水分子がくっついているわけで、その状態で安定的な水として存在できるのだろうか、と素朴に思いました。水分子を安定化させるメカニズムがわかれば納得できると思います。今回研究している水粒子は通常の水にはない効果が確認されているので、かなり特殊な水粒子だと思いますし、何か今までには解明されていないメカニズムで安定化しているのかもしれません。

水は変化しやすい性質があるため、特定のサイズのしかも小さなサイズの粒子で安定しているとは考えにくいということですか? 無帯電というのもカギなのでしょうか?

長門そうですね。もともと帯電していれば、イオンを核として水分子が結合するイオンクラスターを形成し安定化します。無帯電の水で安定しているのはなぜかというのは、私自身も知りたいところです。水は水ならではのふるまいをするので研究対象にするのは本当に難しいですが、まだまだ知られていない性質があるのではないでしょうか。そういう意味では水の研究は奥が深いと思います。

長門さんのご研究は、イオンにしても水にしても、もともとは別々の研究がいろいろな形でつながっているように感じます

長門私のところでは、研究テーマを“特定の分野に限定しない”というのをポリシーとしているからかもしれません。大気中のイオンの研究を中心として、つながりのある分野と柔軟に連携するように意識しています。今使用している大気圧イオン化質量分析装置も、もともとは大気科学の研究として大気中のイオンを分析したいと思って作ったのですが、その後、イオン発生装置が世の中でたくさん利用されるようになってそのイオン分析をすることになったり、大気圧プラズマの研究からプラズマ医療への応用分析をすることになったり、様々なテーマにつながっていると実感しています。

大気科学からエアロゾル、水粒子、プラズマ医療とテーマが多岐にわたるのはそういう理由があったのですね。ただ、高専の場合、クラス担任や部活などもあり非常に多忙な日々を送っていらっしゃると思うのですが……

長門そうなんです。やはり研究に割ける時間や設備が大学や研究機関とは大幅に異なるので、この環境の中で自分ができることはなんだろうと考えた結果、自分だけが取り組める手法を生かし、それを多面的に展開するように心がけています。自分の研究をひとつの方向からだけ見るのではなく多面的に見ることによって、いろいろ可能性が見えてくる気がしますし、不思議と様々な分野につながっていくと感じています。他の人がやっていないことに取り組むことで、新たな分野との出会いを経てどんどん研究が広がっていくといいと思っています。

長門研吉/高知工業高等専門学校ソーシャルデザイン工学科教授
1986年、京都大学大学院理学研究科地球物理学専攻修了。株式会社島津製作所で5年間質量分析装置の開発に携わり、1991年高知高専機械工学科助手に。その後、米国国立大気研究センター研究員、分子科学研究所助教授を経て、高知高専へ戻り、2009年高知高専機械工学科教授、2016年から現職。大気イオンやエアロゾルの研究が専門だが、独自に開発した大気圧イオン化質量分析装置や微分型静電分級器(DMA)、ドリフトチューブ型イオン移動度計などを駆使して、ナノサイズの粒子に挑んでいる。
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