水を探る
AQUA / Research / Talk
llustration: HIROMI CHIKAI

体の中には性質の異なる3種類の水が存在していた──、そんな驚きの報告があります。しかも-100 ℃でも凍らない不凍水、バリアとして働く可能性のある中間水など、私たちが知っている水とは全く異なる性質を持つといいます。そんな水の新たな謎に迫ります。

Talk: 4 2/2
九州大学先導物質化学研究所 田中賢教授に聞く(後編)

聞き手:中能 泉(AIR Magazine編集長)
photographs: HARUYO ITO
「中間水」は、
病気の予防や治療へと
つながっています
2023/05/29
田中 賢教授
田中 賢教授

体内の水は分子レベルで見ると、「不凍水」「自由水」「中間水」という3つの異なる姿で存在していた──生体親和性のある材料にしかできない「中間水」という水を発見し、その本質を解明し続ける九州大学先導物質化学研究所の田中賢教授のお話は、中間水の肌への役割や可能性から、病気の予防や治療法へと広がっていきます。

前回、肌と水のお話は非常に面白いと思いました。もしかしたら中間水で化粧品ができれば効果があるのではないか、と妄想したり。

田中そうですよね。肌の内部の水を単なる水ではなく、不凍水、中間水というレベルまで落とし込んで定量化していくことによって、肌の健康度みたいなものが議論できるようになるかもしれないですね。

美肌の鍵を不凍水や中間水が握っているとしたら面白いですね。生体親和性がない材料には中間水はできないとおっしゃっていましたが、ということは中間水には何か重要な役割がありそうですね。

田中はい。中間水は、血液細胞やタンパク質が材料の表面とどう作用し合い、付着するかを調整していると考えられていて、生体の中ではバリアのような働きをしているのではないかと思っています。中間水を形成する材料同士を近づけると反発し合うんですね。生体内で、物質同士がくっついたり余計な反応を起こしたりするのを防ぐバリアの役割があり、バリアとして働きながら、ある特定のシグナルだけを通すといったそんな役割があるのではないかと考えられます。生体内のタンパク質や多糖類、DNAなどの物質によって、その周囲に形成される中間水の量が異なると話しましたが、細胞の表面のリン脂質には中間水が非常に多いんです。

不凍水=O℃以下でも凍らない
中間水=O℃以下で凍ったり溶けたりする
自由水=O℃で凍る
普通水(バルク水)=O℃で凍る

生体内には3種類の水が存在している
生体内の細胞やタンパク質などの物質のまわりにできる不凍水、中間水、自由水のイメージ図。タンパク質のすぐ外側に不凍水があり、その周囲に中間水があって、物質同士がくっつかないように働くのではないかと考えられています。その外側には物質からの影響を少しだけ受ける自由水と物質と離れたところでは普通水(バルク水)が存在しています。

細胞と細胞、生体内の物質と物質などがくっつかないような働きが中間水にあるということでしょうか。

田中中間水の量が多いと相互作用が起きないけれど、少なくすると相互作用が起こり始める。細胞膜のリン脂質の表面は非常に中間水が多いため、何もくっつけないのだけれど、糖鎖のところで分子を認識して、必要なものだけを必要なときにくっつけるということを行っているのだと考えられるのです。

細胞膜表面のリン脂質の外側で、さらに中間水が守っているということでしょうか?

田中まさにそういうイメージですね。

九州大学・田中 賢教授(写真左)とAIRマガジン編集長・中能 泉(写真右)

水が体の中でそんな役割をしているとは驚きです。先ほど、生体内でも中間水の多い場所と少ない場所があるとおっしゃっていましたが、バリアという役割が必要なところに多いということなのでしょうか。

田中例えば、血管の内側には血管内皮細胞という細胞がいて、ここに中間水が多く存在していないと、血栓ができて血管が詰まってしまいます。つまり、血管内皮細胞の表面には中間水が多く存在します。つまり中間水は血管内で細胞や物質を付着させないようにすることで、血栓ができたり血液を凝固させることを防いでいるわけです。逆に血管の外側は線維芽細胞や組織とくっついていますので中間水は少ない。これが典型的な例で、何かがくっつきたくないところに中間水が多くできていて、くっつき合いたい部分には中間水は少ないということです。

血管内皮に中間水が多いかどうか血液から中間水を測れるような装置が誕生したら、究極の健康診断ができそうですね。少ないと血栓ができるリスクがあります、といった……。

田中そうですね。血管内皮細胞の表面の中間水量を定量化できれば、究極の健康診断が実現すると思います。日々モニターして経時変化を取っていけば、脳梗塞や心筋梗塞の予測ができると思うんですね。脳梗塞や心筋梗塞の患者さんは多いので、予測や治療ができたら素晴らしいですよね。また、老化の予測にもなるかも知れませんね。

中間水は、さまざまなことに応用できそうですね。

田中実は、がん細胞にも中間水を応用できることがわかってきているんです。

がん細胞ですか? どういうことでしょうか。

田中中間水が多い場所は、物が吸着しづらいと先ほどお話ししましたが、どんな相手であろうと吸着しないという傾向があります。一方、がん細胞の表面にも中間水はできるのですが、正常細胞よりは量が少ないという可能性が見出されました。そこで、中間水の量を調節することで、正常細胞はくっつかないけれどがん細胞がくっつく材料を開発することができたんです。それを利用して今、がんの個別化医療に展開しようと臨床試験を進めているところです。中間水の量に着目すると、できることがだんだんわかってきて、中間水から特定の細胞に対する付着性が解明されたりすることで、より広い医療への応用が可能になると思います。

がん細胞だけにくっつく材料が中間水の量で決まるというのは面白いですね。先生が開発された医療材料のように、中間水ができる量が多ければ生体に適した良い材料である、というスクリーニングもできるわけですよね。

材料にできる中間水の量によってがん細胞と正常細胞のくっつき方が変わる
材料のまわりにできる中間水の量によって、がん細胞と正常細胞のくっつきやすさが異なることがわかってきました。例えば、中間水が多くできる材料Aにはがん細胞も正常細胞もくっつかず、それより少ない量の中間水ができる材料Bにはがん細胞だけがくっついたのです。中間水がほとんどできない材料Cには、がん細胞も正常細胞もくっついてしまうこともわかっています。

田中そうですね。「中間水コンセプト」という考え方なんですが、中間水を用いたスクリーニング技術を確立することで、医療現場で必要としている安全で高機能な材料が提供しやすくなると考えています。私たちが開発したPMEA※2は中間水を形成する材料で、すでにECMO※1などの医療機器に採用されていますが、それ以外にもステントやカテーテルなどの医療機器にとって、血液細胞の付着を抑え、血液の凝固を防ぐ中間水の性質は、とても役に立つと思います。しかも、私たちは高分子だけに中間水ができるとさまざまな実験から考えていましたが、面白いことに、生体内の場合は、低分子でも中間水ができることがわかってきたんです。

それは生体内に限る、のですか?

田中そうなんです。例えば、ATP(アデノシン三リン酸)などは分子量500ぐらいで小さいのですが中間水ができる。これも実は新しい発見で、生体内だと低分子の例えばアミノ酸やペプチドにもちゃんと中間水ができるので、その側面から生体内高分子を作る低分子と、合成高分子を作る低分子では水との関係性に本質的な違いがあるのではないかと思っています。

私たちの体の多くは水分ですが、その中で水が実際にどのような役割を果たしているのか、中間水の研究が鍵を握っていそうですね。

田中その解明のきっかけになると考えています。水は、生きているもの全てに共通しています。植物にもやはり不凍水、自由水、中間水の3種類があり、植物の種類によってそれぞれの水の量が異なる。例えば砂漠に住んでいる植物はおそらく不凍水がたくさんできるような仕組みになっていて、一方、水が豊富に存在するような環境に生きている植物は自由水の方が多いとか、環境適応のために異なっているのではと推測しています。農業分野や食品分野でも中間水の研究を生かすプロジェクトが始まっています。

水を分子レベルで見ることで、今後もすごい発見が待っているような気がしてワクワクしますね。

田中そうですね。中間水については未知の部分が多いので、解明を続けて中間水コンセプトを完成させるのが当面の目標です。学生にもよく言うのですが、やはり研究にはオリジナリティが重要で、独創性や新奇性に富んだコンセプトを作ることが一番大事だと思うんです。そのためにはかなりの実験を積み重ねなければなりませんが、諦めずに続けることで新しいものが見えてくる。私自身も、基礎研究を続けながら、患者さんなど必要とされている人々に貢献できる医療製品を生み出していけたらと思っています。

*1 体外式膜型人工肺のこと。重症呼吸不全患者、重症心不全患者の肺のガス交換の役割を補助する装置。
*2 PMEA=合成高分子のポリ (2-メトキシエチルアクリレート)  タンパク質が吸着・変性せず細胞を活性化させない材料。血液適合性(抗血栓性)ポリマー。
田中賢(たなか・まさる)/九州大学先導物質化学研究所教授
1996年、北海道大学大学院(修士)修了。テルモ株式会社・研究開発センターで、高機能人工心肺、カテーテルなどの研究・開発・製造・販売に携わる。2001年、科学技術振興機構 さきがけ研究「組織化と機能」領域研究者を兼任し、合成分子とバイオ分子の相互作用に関する研究を行う。2003年、博士(理学)取得。国内外の複数の大学・研究所、政府機関などで医療製品開発を行う。2015年から現職。生体親和性の発現機構および材料設計指針の上位概念となる世界初の「中間水コンセプト」を確立し、さまざまな分野での技術・製品応用に貢献している。
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