水を探る
AQUA / Research / Talk: 2
城西大学薬学部 
藤堂浩明准教授に聞く
illustration: MOMOKA AISO

皮膚は体内の水分の蒸発を防ぐという役割も担っていますが、皮膚にとって水とはどんな存在なのでしょうか。肌の外から水や成分を与えることに意味はある? 与えても本当に入るの? さまざまな疑問が湧いてきます。

Talk: 2
城西大学薬学部 藤堂浩明准教授に聞く

Text: IZUMI NAKANO
photographs: HARUYO ITO
皮膚にとって必要不可欠な水は、もっとも安全でパワフルな吸収促進剤でもあるんです
2021/06/10

私たちの体は約60%が水分。その水を逃さないように保ち、なおかつ体を外敵から守るのが皮膚。その構造や役割、皮膚にまつわるさまざまな真実を、経皮吸収の専門家である城西大学薬学部の藤堂浩明准教授に伺います。皮膚にとって水とは? 皮膚から有効成分は入るのか? 美肌を保つためのヒントも隠されています。

藤堂さんは皮膚について、特に経皮吸収がご専門ですが、具体的に経皮吸収とはどういうことでしょうか?

藤堂経皮吸収というのは皮膚に塗布した成分が浸透し、血液に入って体内で作用することをいいます。私たちの皮膚は外部のさまざまな刺激から体を守る役割があるので、皮膚から物質を通すというのは非常に難しい。そこで、薬物や有効成分の皮膚浸透性を高めるよう製剤を工夫したり、角層構造を一時的に変化させることができる外部デバイスを用いたりなど、さまざまな観点から研究をしています。

皮膚から何かを入れるというのはかなり難しいのですね。

藤堂ご存じのように皮膚にはバリア機能があり、非常に複雑な構造をしているため難しいですね。ただ、今、ワクチン開発などもやっていますが、塗るだけで経皮吸収できるワクチンがあれば、注射針を使わず痛い思いをせずに、世界中どこでも簡単に投与することが可能になります。そういう意味でも、投与方法が簡便な経皮吸収はとても意義のあるテーマだと思います。

薬や化粧品の成分などが皮膚を透過するかどうかといった検証も行っていますよね。

藤堂皮膚透過というのは、単純に皮膚の表面から内部に成分がどのぐらいの速さで移動するかを見ているんですね。たとえば薬剤は、基剤という土台に薬剤成分が溶けている状態で、それを肌に塗ると、基剤から皮膚に薬剤成分が分配され、その後、皮膚内を浸透していくことで、最終的に血管に入って全身に吸収される。つまり経皮吸収することを想定しているのですが、皮膚透過性の試験というのは薬物の透過を見ているだけです。簡単にいうと皮膚を一枚の膜ととらえて、適用した薬物が膜にどのように分布するのか、また、どのぐらいの量がどのぐらいの速度で透過するのかを計測しています。

藤堂准教授の研究室では、薬剤を体内に届けるための独自の研究、企業との共同研究、さらにレギュラトリーサイエンスに係る安全性や有効性の評価に関する研究など、常時20~30ほどのテーマについて学生と共に研究が行われています。

皮膚に成分が入る基準に、500ダルトン以下の分子量なら皮膚に入るという、500ダルトンルール*1というのがありますが、あれは本当ですか?

藤堂そうですね。ただ、実際はそれよりも大きいサイズのものも入るんです。皮膚のどこまで浸透するか、適用した量の何パーセントが皮膚内に移動したか、浸透した成分による効果が得られるのかというのは別にして、すごく長い時間適用し続ければ、実験的には入ることは確認できます。500ダルトンより大きいサイズの分子が皮膚浸透するということはある意味怖いことなのですが、それ以外でも肌荒れを起こしていたり、皮膚のバリア機能が低下していると入りやすくなりますし、毛穴の密度も影響します。毛穴は水溶性成分でも脂溶性成分でも通りますので、毛穴が多い頭皮や顔はその影響も出てきます。ただ、面積としては皮膚の表面の角層部分の方が大きいので、角層から何がどう入るかが重要なんですね。角層は油っぽい性質なので油っぽいものの方が皮膚に浸透しやすい傾向があります。また、分子量が小さい方が入りやすくなります。

先にローションなどの水溶性のもので保湿する必要はないのでしょうか?

藤堂いえ、水溶性の成分の場合は、ローションで水分を先に入れた方が圧倒的に入ります。水が入ることは皮膚を通る大きなファクターになるのです。角層はよくレンガとモルタルにたとえて表現されますが、その中に水路みたいなものがあると考えていただければいいと思います。水路の中に水が通っていないとモノは通りにくいですよね。肌が乾燥すると水がないので特に水溶性の成分は通りにくくなります。スキンケアはお風呂上がりがいいですよというのはそのためです。

ラメラ構造になっているバリア機能の部分も水は通るということですね。

藤堂そうです。細胞間隙ルートというのですが、細胞と細胞の間のラメラ構造(細胞間脂質)も水は通ります。先ほどお伝えしたように皮膚の角層は脂質がなじみやすく通りやすいのですが、そのほかに水のチャネル、水が通るルートがあると考えるとイメージしやすいと思います。水路があるとよく流れるようになるのと同じで、皮膚の中に広がっていきやすい。なので、まず保湿をしましょうというのは理にかなっているわけです。

皮膚の上に同じ量の製剤成分や美容成分を塗布しても、肌の一番外側の角層の水分量が潤沢かそうでないかによって、成分が浸透する量が異なるといいます。水分があることで水のルートができ、特に水溶性の成分の場合、成分が肌の中に分配され、拡散されていく量が増えるのです。

先ほど500ダルトンよりも大きい分子量のものも入るとおっしゃいましたが、それはどういうことでしょうか。

藤堂入るかどうかといえば入るのですが、どのぐらい入るか、さらに効果があるのかということは分けて考えなくてはなりません。500ダルトンルールは、もともと医薬品の成分の分子量を調べたときに500ダルトンより小さいものが使われているという1つの目安で、なおかつ効果を示すものになります。ですので、健常な皮膚の場合では、角層が有するバリア機能が大きく低下しない限り、分子量が500ダルトンより大きいサイズの分子が効果を示すだけの十分な量が入らない(100塗っても0.1か、それ以下しか24時間経過しても入らない)と考えるといいでしょう。500ダルトンより小さい薬で、かつ皮膚に塗って効果を示すものは、100塗って50以上皮膚に浸透します。

100のうち50入るものと、0.1しか入らないものでは全然違いますね。0.1で効果があるかという点も疑問になります。

藤堂特に化粧品の場合、入るか入らないかの論点でいくと、皮膚に入る量が抜け落ちてしまうのが問題なんです。また、「入る」というのと「有効成分が効果を発揮する」というのはそれぞれ別の話です。仮に入ったとしても分子量が大きいと皮膚の中で拡散しにくく、たとえていうと、酔っ払いが千鳥足で歩くような感じのふらふらとした動きで拡散します。さらに、効果を示すためには十分な量が皮膚に入る必要があります。角層の下は下にいくほど水っぽい層になるので、そこから先は脂っぽいものはなかなか馴染めなくなる。まずは角層に馴染みやすいかどうか、そのあとは薬物の持っている大きさや性質によって皮膚の中に広がっていくかどうか、段階的なハードルがあるのです。

皮膚の最も外側は皮脂で覆われており脂質が多く、内側にいくにつれて水分が多くなり、真皮は約70%が水分とされています。皮脂で覆うことで肌を乾燥から守っていますが、肌を守る要となっているのが角層のバリア機能。よくレンガとモルタルにたとえられますが、角質細胞というレンガの周りを細胞間脂質というモルタルが隙間なく埋め尽くしており、外敵の刺激から肌を守り、肌から水分の蒸発を防ぐ、まさにバリアの役目をしています。細胞間脂質は、50%がセラミドという特殊な脂質で、脂質でありながら水に馴染みやすい部分もあり、水分子と共にラメラ構造をつくることでバリア機能や保湿機能が高まります。

つまり入るからといって効果があるとは限らないということですね。入るということだけで考えると、分子量以外に条件などはありますか?

藤堂有効成分の製剤中での「居心地のよさ・悪さ」という問題があります。たとえば、化粧品ではローションやクリームなどいろいろな種類があって、それぞれ土台になる基剤が異なるのですが、肌に入れたい有効成分にとって基剤の居心地がいいと肌に移動してくれないという問題があります。有効成分は居心地が悪いともっといいところに行こうと移動するんですね。ですので、いかに居心地の悪い環境で、なおかつ効果を出せる十分な量を入れることができるか、この兼ね合いはすごく難しいですね。特に化粧品の場合は、肌のバリア機能を傷付けない、つまり角層の構造を変えないように、角層を整えながらというのも重要です。

居心地がいい・悪い、というのは面白いですね。あとは、極端なことをいうと、バリアを壊すと入りやすくなるわけですよね。

藤堂ええ、でも、そうすると肌荒れを引き起こしますし、他のものも入りやすくなってしまいます。医薬品の場合は、多少皮膚にダメージがあっても効果があるかどうかが重要ですが、化粧品の場合は、安全性や使用感が重要ですので、皮膚にダメージを与えるわけにはいきません。安全性を担保するための評価というのもポイントになりますね。

美容皮膚科などで行うイオントフォレーシス*2やポレーション導入*2など電気を使って経皮吸収を促す方法もありますよね。

藤堂はい、まさに皮膚にダメージを与えて、入れやすくする方法ですよね。とはいえ、肌に穴を開けてもそんなに簡単に入っていくわけではなく、イオントフォレーシスやポレーション導入なども有効成分が入る量には限度があります。でも、それこそ、物理的な刺激で皮膚にダメージを与えなくても、たとえば閉鎖密封療法では、薬剤を肌に塗布してその部分をラップなどで覆うことで皮膚から水分が蒸発するのを防ぐと、角層が柔らかくふやけ、角層の中の水分量が増えて水路ができ、皮膚内に入りやすくなります。極端な言い方をすればたとえば何時間もお風呂に入って肌がふやけたときにその周りに有効成分があれば大きな分子量でも入っていくわけです。水に溶けやすいものであれば、細胞間が広がっていくので時間をかければ水路を通って入っていく。でも、現実的ではありませんし、ふやけるほどお湯に浸かるのは水分過剰でかえって皮膚を壊してしまいます。

適正な量の水が入っていることが大切だと。

藤堂ええ、それによって有効成分が入りやすくなるので、水は優秀な吸収促進剤ともいえますよね。水は他の促進剤方法と比較してもっとも安全でもっともパワフルな吸収促進剤と考えることもできます。また、有効成分の吸収という意味では複数の異なる製剤を同時使用するより、単一製剤を単回適用する方が吸収率は上がると思います。
あくまでその有効成分を吸収させたいのであれば、の話ですが。

重ね塗りしていましたが、科学的にはあまり意味がないのですね。先生は吸収促進やデリバリーシステムなどの研究もされていますよね

藤堂そうですね。 経皮吸収も含めて薬剤をピンポイントで必要な場所に届けるDDS*3(ドラッグデリバリーシステム)の分野では、新しいデリバリー方法が増えていて、今まで皮膚では入らないと思っていた成分にもトライしたいと思っています。痛くない針を用いた効果的な薬物送達方法の開発も行っていますし、また、セットしておけば自動的にウェアラブルデバイスから薬物投与ができるようなシステムが開発できれば面白いなと。皮膚以外にも鼻から脳に薬剤を到達させたり、がん組織に薬物を効率的に届けるような小さなカプセルを作ったり、多岐にわたり研究しています。

鼻から脳ですか。DDSは皮膚からだけではないのですね。

藤堂実は、私はこの大学に来る前は、肺に薬物を到達させる目的でタンパク質やDNA製剤を含有した微粒子製剤の研究をしていたんです。縁あってこちらの大学に来て、経皮吸収に携わるようになったんですが、皮膚がすごく面白いなと思ったのは、他の投与部位では使えないようなデバイスが皮膚だと簡単に使えること。それ以外の臓器だと、体の中に入れるには非常に小さいデバイスじゃないと無理ですが、皮膚は表面の臓器なので、時計のようなサイズの大きなデバイスでも使える。デリバリーを含めて外からいろいろなアクセスができるのが面白いと感じています。
学生にもよく言っているのですが、面白そうだと思ったらとにかくやってみる。常に科学的根拠を考えながら、新しいことにも積極的にチャレンジしていきたいですね。

*1 ダルトンは分子量の単位。皮膚は分子量の小さい物質しか通過できず、500ダルトンより大きな分子は肌の角層を通過できないという経皮吸収研究で著名なルール。

*2 イオントフォレーシスは微弱電流で美容成分の浸透を高める施術法。ポレーション導入はバイオテクノロジーのエレクトロポレーション(電気穿孔法)を美容に応用したもので、電気の力を利用して皮膚に一時的に小さな穴を開け美容成分を浸透させる施術法。

*3 薬剤を「必要な場所に」「適切な量を」「必要な時間に作用する」よう届ける技術。
藤堂浩明(とうどう・ひろあき)/城西大学薬学部准教授 2004年名城大学薬学研究科修了、博士(薬学)取得。城西大学薬学部臨床薬物動態研究室助教を経て、2012年に同大学薬学部動態制御学研究室准教授に。経皮吸収が専門で、医薬品や化粧品、食品などの有効成分や機能性栄養素の経皮吸収や皮膚透過性を研究。皮膚以外の薬物デリバリー技術の開発や薬物投与システムの構築、製剤、成分開発など、研究開発は多岐にわたる。
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