水を探る
AQUA / Research / Talk
llustration: HIROMI CHIKAI

体の中には性質の異なる3種類の水が存在していた──、そんな驚きの報告があります。しかも-100 ℃でも凍らない不凍水、バリアとして働く可能性のある中間水など、私たちが知っている水とは全く異なる性質を持つといいます。そんな水の新たな謎に迫ります。

Talk: 4 1/2
九州大学先導物質化学研究所 田中 賢教授に聞く(前編)

聞き手:中能 泉(AIR Magazine編集長)
photographs: HARUYO ITO
私たちの体の中には、凍らない水、自由な水、その中間の水という3つの異なる性質の水が存在しているのです。
2023/04/07
田中 賢教授
田中 賢教授

私たちの体の約6割は水分。体重60kgの人なら約 36Lの水分を抱えていることになります。37億兆個といわれる人間の体の細胞は水の中で生きていると言っても過言ではありません。そして、体内には「マイナス100℃でも凍らない水」や「自由に動き回る水」、その「中間に存在する水」の3種類の異なる水があることがわかってきました。そして重要なその役割とは? 中間水研究の第一人者、九州大学先導物質化学研究所の田中賢教授に伺います。

私たちの体の中に性質の異なる水が3種類も存在する、というお話を最初に伺ったときは驚きました。それはどういうこと?と興味津々で。

田中そうですよね。私たちも発見したときは驚きでした。

田中さんは長年、医療機器の材料の研究や開発をされていますよね。

田中ええ、そうです。医療機器の場合、例えば人工呼吸器では、口からチューブを入れたり、カテーテルやECMO(エクモ) ※1などでは、血管から管などを入れるわけです。直接、喉や血管などに接触するので生体親和性といって、生体と相性の“いい材料”か “悪い材料”か、また、どういう材料を作れば、生体に対応する応答が変わるのかという点なども考えて開発しています。

体の中に入れて、機器の材料自体の性質が変わったり、人体に影響が出ると良くないわけですよね。

田中例えば、血管から管を入れたときに、管の表面に血液中のタンパク質や細胞が付着すると、異物反応が出たり、血栓が発生したりする可能性があって、そういうことがないようにいろいろな材料を調べて、生体親和性がある“いい材料”を見つける、あるいは開発することが重要なんです。その中で、“いい材料”に共通する要因を突き詰めて行き着いたのが「水」でした。

その「水」というのは、カテーテルであれば血管の中の水、つまり血液ということですか?

田中人間の体は約60%が水で、血液でも体液でも生体の物質と医療機器の接触面には「水」があるわけです。その「水」が鍵を握っていることがわかり、そこから「水」について調べ始めました。

血液を循環させて酸素を供給する人工心肺、腎不全を治療するダイアライザー、体内に埋め込むステントなど、医療機器に用いる生体親和性に優れた材料の開発を行ってきた田中賢教授の研究グループ。九州大学先導物質化学研究所の研究室にはさまざまな実験装置が並んでいます。

体の中の物質と医療機器の材料の間にある「水」が、医療機器との相性に関与していた、ということですね。

田中そうなんです。すでに私たちは医療機器として製品化に成功しECMO(エクモ)に採用されたPMEA※2という“いい材料”を持っていたので、それを指標として他の材料と水の相性を比較検討することができた。そこで行き着いたのが、「中間水」でした。“いい材料”に普通の水を含ませると中間水と定義できる水が共通して観測されたんですね。一方、“悪い材料”に水を含ませると中間水はほとんど検出されなかった。

その中間水は、普通の水とは異なるのですよね。

田中実は、材料の周囲には、材料に近い順に不凍水、自由水という水ができることがわかっていました。例えば、高分子の材料と普通のコップの水(バルク水)を混ぜて分子の世界で見てみると、材料と水の間で相互作用が起こり、材料に非常に強く相互作用する水「不凍水」と、弱く相互作用する水「自由水」の二つにまず分けられる。そして、“いい材料”に普通の水を含ませるとそのちょうど中間の性質を持って存在する「中間水」という水があることがわかったんです。

水の中に高分子材料を入れると、目には見えないけれど、水が3つの異なる状態に分かれるということですか?

田中そうです。以前から、化粧品や医薬品などにも使われるポリエチレングリコールという医療材料に水を含ませると、水分子の運動性の観点から不凍水、自由水、中間水という3つの状態に分けられることは突き止められていたのですが、なぜ異なる構造の水ができるのか、それぞれの機能についてはわかっていなかった。それらを踏まえたうえで、私たちは生体親和性のある“いい材料”には中間水ができることを発見したわけです。

医療用のチューブなどを体内に入れたときに、そのチューブの材料に生体親和性があればそこに中間水ができるのですね。

田中材料には必ず不凍水が付いて、その材料が“悪い材料”だと中間水ができずに自由水ができますが、生体親和性のある“いい材料”であれば不凍水の周囲に中間水ができ、その周囲に自由水ができる。生体親和性がある“いい材料”にだけ中間水ができる、そういうことがわかったわけです。先ほど、高分子の材料に対して水の相互作用は異なると説明しましたが、端的に言うと、不凍水というのは材料と接している界面部分の水で、高分子材料の影響を強く受けており、マイナス100℃でも凍結しないという性質があります。

だから不凍水なんですね。それにしてもマイナス100℃でも凍結しないとは驚きですね。

田中不凍水は、材料との相互作用が強固で、水素結合で結びついていて分子運動が束縛されているため、蒸発しにくく、凍結しにくい。溶媒としての働きはなく、もはや水ではなく材料の一部になっている状態です。

なんとも不思議ですね。自由水はどういう状態なのでしょうか。

田中自由水は不凍水の外側にあって、材料の影響をあまり受けずに存在しています。分子的には普通の水に最も近い構造で同じように0℃で凍る性質がありますが、生体の中にいると動きが制約されています。中間水は、その間にあって、0℃よりも低い温度で凍るなど2つの水分子とは異なる温度で凍ること、赤外線に対しても異なる反応を示すことからその存在を特定しました。不凍水と自由水のちょうど中間の性質を持っています。

その研究から、生体の中にも3種類の水が存在していることがわかってきたというわけですね。

田中ええ、そうです。私たちの体は、高分子であるタンパク質、DNAやRNA、多糖などさまざまな生体物質、つまりさまざまな材料で構成されていて、これらに水を含ませると不凍水、自由水、さらには中間水が検出されます。中間水の量に関しては、タンパク質の種類や、DNAの塩基配列などによって異なりますが、特に、化粧品などにも使われるヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸などの多糖類に水を含ませると非常に多くの中間水が観測されます。生体内にも、不凍水、自由水、そして中間水と3種類の異なる構造の水があったのです。

生体親和性がある材料には、中間水ができる
上の図のように生体親和性がない材料を体内に入れると、材料の表面に中間水の層ができないため、タンパク質や細胞の水和構造が壊れて材料とタンパク質の吸着による変性が起きやすく、血栓などの原因に。ところが、下の図のような生体親和性のある材料表面の場合、中間水の層が安定に存在し、材料表面や不凍水層をシールド。タンパク質や細胞の水和構造が壊れることがなく、材料とタンパク質の強い吸着による変性が生じにくいのです。

なぜそんなことが起きるのか、それぞれ役割があるということでしょうか。

田中役割についてはまだ解明されていないことが多いのですが、不凍水の場合は、もしかしたら保湿や乾燥に関わっているかもしれません。材料を水和させると必ず最初に不凍水ができるので、生物にとって乾燥は生死を左右する重要なファクターですから水分を蒸発させないようにする役割があるのかもしれません。

100℃でも凍らない理由もそこにあるかもしれないということですね。例えば、皮膚は体の一番外側で、体内から水が逃げるのを防ぐ働きも担っていますが、皮膚の細胞にも不凍水や中間水はあるのですか?

田中はい。もちろん、不凍水も中間水も自由水もあります。ただ、組織や細胞、タンパク質や多糖の種類によってそれぞれの水の量が変わってくるので、場所によって量は異なると思います。

皮膚の内部は真皮や表皮などいくつかの層に分かれていて、存在する成分も異なるので、中間水の量が違ったりする可能性はあるのですね。

田中ええ。例えば、ヒアルロン酸が豊富なところには中間水が多いと思いますし、実際いろいろ測定していると、保湿という観点ではやはり不凍水と中間水の両方が重要だと思います。不凍水が多ければ多いほど水分が肌から蒸発しづらい、つまり保湿性が高いということがわかっています。不凍水をシールドしている中間水の役割もあるので、双方のバランスで、水の保持性や蒸発スピードが変わるのではないかと考えています。

ヒアルロン酸が豊富なところは中間水が多いということは、美肌には中間水が非常に重要な役割を担っているかもしれないですね。肌に塗った美容成分を浸透させるには中間水が多い方がいいとも言えそうですが。

田中おそらくそうだと思います。中間水が多いということはそれだけ分子間で相互作用が起きづらい、つまり自由度が上がるということですので浸透度に関係すると思いますね。

肌にはターンオーバーという特殊な機能が備わっていますが、そこにも関わりがあるとお考えですか?

田中関りがある可能性があります。生物は自己修復性があり、細胞には必ず寿命があって、常にフレッシュな細胞に交換することを繰り返すというシステムが備わっています。古くなった細胞を原料として使い、新しい細胞を作るエコなシステムです。皮膚は一番外側にあって体から水分が蒸発してはいけないので、なるべく水をきちんと保てるように、新しい細胞が生まれて生体を保護している可能性はあります。

この先は次回
水と肌のお話から、中間水の生体での役割や、すでに進んでいる医療の予防や治療への応用についてお届けします。

*1 体外式膜型人工肺のこと。重症呼吸不全患者、重症心不全患者の肺のガス交換の役割を補助する装置。
*2 PMEA=合成高分子のポリ (2-メトキシエチルアクリレート)  タンパク質が吸着・変性せず細胞を活性化させない材料。血液適合性(抗血栓性)ポリマー。
田中賢(たなか・まさる)/九州大学先導物質化学研究所教授
1996年、北海道大学大学院(修士)修了。テルモ株式会社・研究開発センターで、高機能人工心肺、カテーテルなどの研究・開発・製造・販売に携わる。2001年、科学技術振興機構 さきがけ研究「組織化と機能」領域研究者を兼任し、合成分子とバイオ分子の相互作用に関する研究を行う。2003年、博士(理学)取得。国内外の複数の大学・研究所、政府機関などで医療製品開発を行う。2015年から現職。生体親和性の発現機構および材料設計指針の上位概念となる世界初の「中間水コンセプト」を確立し、さまざまな分野での技術・製品応用に貢献している。